愛されている鵜久森淳志

入団以来、恵まれた体格から右の大砲と期待され続けている未完の大器。2004年ドラフト8位で入団以降、2軍ではコンスタントに結果を残していて、今度こそは覚醒か?と期待されて1軍に昇格してくるも、結果を残せずまた落ち、また2軍では断トツの成績を残して1軍に上がってくるという事を繰り返している。

打席に立つ姿は本当に打ちそうな雰囲気を醸し出しているが、凡退すると「鵜久森練習しろ」と愛のあるヤジが飛ぶのが恒例。

何故かトレードや戦力外の危機とはならず、毎年「今年は最後の勝負年」を過ごしている。

北海道との関わり

なぜここまで鵜久森という選手がファンの間で愛されているのかというと、2004年夏の甲子園で北海道勢が初優勝した時の試合が印象的だったという点もあるのです。

駒大苫小牧対済美の決勝戦、10-13で後攻の苫小牧リードで迎えた9回表、済美の最後の攻撃回。済美は最後の力を振り絞り2アウト3塁1塁、一打同点のピンチに打席に立ったのが済美の4番バッター鵜久森淳志。身長189センチの高校通算47本塁打を誇る強力スラッガーの鵜久森は、北海道民からみたら最後の壁だったのです。

その鵜久森が北海道に来るとなったら道民としても応援せざるを得ない、覚醒を信じて暖かく見守り続けているのです。

ちなみにその最終打席は、初球高めに手を出してショートフライで終わりました。